
National Search Fund株式会社の前田と申します。朝日税理士法人様より、今回で4回目となる寄稿の機会をいただき、感謝申し上げます。
これまで3回にわたり、サーチファンドという新しい事業承継の仕組み、その具体的な事例、そして承継後の成長についてお話しさせていただきました。
第1回では、後継者不在という社会課題に対する新しい選択肢としてのサーチファンドについて、第2回では実際の承継事例と弊社の特徴について、第3回では承継後に起きている「第二の創業」についてご紹介しました。
※第1回(2024年3月25日、URL: https://www.taxacc.jp/magazine/pc/nsf-202403/)
第2回(2024年9月24日、URL: https://www.taxacc.jp/magazine/pc/202409-2/)
第3回(2025年9月22日、URL: https://www.taxacc.jp/magazine/pc/202509-2/)
そして現在、私たちが創業当初より掲げてきた「経営者を生み出し、良い会社を未来へ承継していく仕組み」は、構想段階を越え、着実に社会の中で機能し始めています。
東京都や地域金融機関、信用保証協会との連携による40億円ファンドの成立、累計300名を超えるサーチャー応募、2つのファンドを通じた6社の事業承継の実現、そしてSAP・Icon Modelの提供開始など、点だった取り組みが少しずつ一つの仕組みとして結実し始めています。
今回は、TOKYO白馬の騎士ファンドのファイナルクローズ、新たな承継事例、そして事業承継を社会インフラとして発展させていくための新しい取り組みについてお話しさせていただきます。
■ TOKYO白馬の騎士ファンド、40億円でファイナルクローズ
2026年3月、弊社が運営する「TOKYO白馬の騎士ファンド」は、当初目標として掲げていた40億円に到達し、ファイナルクローズを迎えました。
本ファンドには、東京都様、きらぼし銀行様、横浜銀行様に加え、新たに芝信用金庫様、城南信用金庫様、西武信用金庫様、そして東京信用保証協会様にもご参画いただきました。特に、信用金庫によるサーチファンドへの出資、そして信用保証協会によるサーチファンドへの出資は、いずれも全国初の取り組みとなります。こうした動きは、日刊工業新聞をはじめとする各種メディアでも「東京都と地域金融機関が連携する新しい事業承継支援モデル」として取り上げていただきました。
中小企業の事業承継は、個社のみの問題ではありません。地域の雇用、技術、文化、取引先ネットワーク、地域経済そのものに関わる、日本社会全体の課題です。一方で、中小企業の経営者として人生をかけて挑戦したいと考える人材も、着実に増えています。弊社にはこれまで累計300名を超える応募をいただき、約20名がサーチャーとして活動をしています。そのうち、既に2つのファンドを通じて6社の事業承継が完了しています。
金融機関、商社、コンサルティング会社、大手メーカー、スタートアップ、事業会社の経営企画や新規事業部門など、多様なバックグラウンドを持つ人材が、「経営者として生きたい」という想いを持って集まっています。
私たちは、この「後継者不在企業」と「経営を志す人材」をつなぐことこそ、これからの日本に必要な社会インフラになると改めて確信をしています。
■ 白馬の騎士ファンド第2号案件 ― 相栄電器株式会社の承継
TOKYO白馬の騎士ファンドでは、既に2件の投資実行が完了しています。その第2号案件として、このたび相栄電器株式会社の事業承継を実行いたしました。
相栄電器株式会社は、1974年の創業以来、電気接点をはじめとする電子部品の製造・販売を行い、情報通信、電力設備、医療機器など、日本の社会インフラを支える多様な産業を裏側で支えてきた企業です。東京都品川区に本社を置き、福岡県内に2つの主要製造拠点を持ち、都心の顧客接点と地域の高度加工拠点を結ぶ独自の体制を築いてこられました。
一方で、親族・社内に後継者候補がいない中での将来不安、製造拠点における人材の高齢化と世代交代、主要顧客ニーズの多様化への対応など、次の時代に向けた経営課題も抱えていました。
そのような中で、現会長の瀬井裕太郎氏は「会社の技術や従業員の雇用を守り、さらに未来へつなげてほしい」という強い想いを持ち、サーチファンドという承継の形を選択されました。
今回、代表として同社を承継したのは、中川敦司氏です。中川氏は、総合商社で海外プロジェクト、新規事業の立ち上げ、子会社再建・経営に携わり、その後、ITインフラ・ソフトウェア企業の執行役員として、事業拡大や組織改革を推進してきました。ものづくり、海外事業、新規事業、IT・DXのすべてを横断して経験してきた、まさに次世代型の経営者です。
中川氏は、相栄電器が持つ技術力、長年の顧客からの信頼、そして社員のものづくりへの誇りに強く共感し、今回の承継に至りました。これは単なる経営者交代ではありません。相栄電器という会社が長年守ってきた技術と信用を次世代につなぎながら、新しい成長のステージへ進む「第二の創業」です。
■ SAP ― 後継者を“肩書”ではなく“責任”として育てる
この度、私たちは新たに「SAP(Searcher Ascension Program)」を開始しました。これは、後継者候補を三年間かけて育成するプログラムです。
私たちは、サーチファンドによる事業承継が、企業を大きく変える力を持つ一方で、強い変化を伴う取り組みでもあると考えています。外部から新たな経営者が入ることで、企業に新しい視点や成長機会が生まれる一方、組織や文化に少なからず変化が起こります。場合によっては、その変化が社内外に摩擦や戸惑いを生むこともあります。
もちろん、それでもなお、現状を変えなければならない局面があります。後継者不在のまま時間だけが過ぎ、技術や雇用、地域に根差した会社そのものが失われてしまうのであれば、外部からでも強い意志を持った経営者を迎え入れ、会社を未来へつないでいく必要があります。
一方で、本来最も望ましいのは、企業の理念や文化を理解した人材が、社内や地域の中で時間をかけて育ち、自然に次世代へバトンが渡っていく状態だと考えています。
しかし現実には、多くの中小企業で、後継者育成の仕組みそのものが失われつつありますす。
中小企業の事業承継においては株式や税務の問題以上に、「次の経営者が育っていない」という問題が本質であるケースが少なくありません。「後継者はいるが、承継後のガバナンスや株主構造が整っていない」という問題もあります。
私たちは、こうした問題の本質は社会として「中小企業の経営者を育てる仕組みそのものが十分でないこと」だと捉えています。
SAPでは、後継者候補が三年間にわたり、理論と実践の双方を徹底的に学びます。
理論面では、戦略、財務、法務だけではなく、中小企業承継のケーススタディ、歴史、哲学まで含めた学習を行います。MBAや中小企業診断士取得費用も支援し、体系的に経営を学べる環境を整えています。
一方、実践面では、実際に投資先企業に入り、副社長級の権限を持って経営に参画します。不採算部門の立て直し、従業員との対話、価格改定、新規事業、資金繰り、組織改革など、現実の経営には教科書通りにいかないことばかりです。その葛藤や責任から逃げずに向き合う中で、経営者としての胆力が形成されていきます。こうした取り組みを通じて、社長とともに“責任を背負える経営者”を育てたいと考えています。
■ Icon Model ― 承継期の混乱を防ぐ新しいガバナンス
そしてもう一つ、新たに開始したのが「Icon Model」です。これは、後継者育成と並行して、企業の資本構造とガバナンスを整理し、承継期の混乱を防ぐための仕組みです。
事業承継にあたって、「誰がどこまで意思決定するのか」が曖昧になりやすく、その結果、経営が不安定化するケースが少なくありません。特に、現社長がどこまで関与するのか、後継者にどこまで裁量を与えるのか、文化や理念をどう守るのか、雇用や処遇をどう考えるのか、こうした論点は数字には表れませんが、承継において極めて重要です。
Icon Modelでは、Icon Capital株式会社が一部株式を保有し、企業文化やオーナーの価値観に応じて、ガバナンスの設計を行います。「何を守り、何を変えるのか」を明確にすることで、承継期の混乱を防ぎながら、企業の成長を実現していく仕組みです。
私たちは、サーチファンドのみが唯一の答えだとは考えていません。むしろ、本来理想的なのは、社内や地域の中で次世代経営者が継続的に育ち、その企業らしさを維持しながら承継が続いていく状態です。
SAPとIcon Modelは、その「前工程」を整備するための仕組みでもあります。経営者育成、資本、ガバナンス、文化承継を一体で設計することで、より持続可能な事業承継を実現していきたいと考えています。
■ 承継は“点”ではなく、“長い一本道”
私たちは、事業承継を「株式譲渡」という一瞬のイベントだとは考えていません。事業承継は長く続くプロセスです。だからこそ、SAPによる後継者育成、Icon Modelによるガバナンス設計、そしてサーチファンドによる承継と成長支援、これらをバラバラではなく、一つの連続した流れとして設計しています。
事業承継は、単なる「所有の移転」ではありません。企業文化や理念、雇用や技術を未来へ運び続けるための、新しい経営体制をつくることです。そしてその本質は、会社を“残す”ことだけではなく“発展を実現する”ことにあると考えています。
■ 事業承継の社会インフラへ
私たちは、サーチファンドを単なる金融モデルではなく、「経営者を生み出す社会システム」へと発展させていくことを目指しています。
良い会社を、良い経営者へ承継する。その結果として、従業員が守られ、地域が活性化し、新しい挑戦が生まれ、次の世代がまた経営者を志す。その循環をつくることこそ、私たちの使命です。
TOKYO白馬の騎士ファンドが40億円でファイナルクローズを迎えたことは、大きな節目だと考えています。東京都、地域金融機関、信用保証協会、また士業等の応援いただく皆様と共に、首都圏から新しい事業承継モデルをつくり、日本全国へ広げていく。
そして、「志ある人が経営者を選択できる世の中」を実現するため、これからも全力で取り組んでまいります。
本稿が、事業承継に関心を寄せる皆様にとって、新たな視点や気づきをもたらす一助となれば幸いです。私たちの取り組みにご興味をお持ちの方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。皆様の温かい応援と、貴重なご意見・ご指導を心よりお待ちしております。
著者プロフィール
National Search Fund株式会社 代表取締役 前田 健太
2017年より双日株式会社にて与信審査や事業投資先モニタリング等のリスク管理業務を担当し、2019年にはフィリピンにて新設子会社の立ち上げ支援(ガバナンス体制整備)に携わる。2022年に当社を創業。佐賀県武雄市出身。一橋大学商学部経営学科卒。
URL: https://ns-fund.jp/