
〜「駆け込み節税」は通用しない? 今後の相続税対策はどう変わるのか〜
近年、富裕層や資産家を中心に「行き過ぎた相続税の節税」に対する国税庁の監視の目がかつてないほど厳しくなっています。その象徴とも言えるのが、いわゆる「タワマン節税」に対するルール改正でしたが、現在さらに関心を集めているのが「貸付用不動産」および「不動産小口化商品」を使った節税スキームへの規制強化です。
これまで相続税対策の“王道”とされてきた不動産活用ですが、直近の制度見直しにより、その常識は大きく覆ろうとしています。
本題に入る前に、そもそもなぜ不動産が節税になるのか、そのメカニズムを振り返ります。 相続税の計算において、現預金は「1億円=1億円」として評価されます。しかし、同じ1億円で不動産を購入すると、土地は「路線価」、建物は「固定資産税評価額」で評価されるため、実勢価格(購入価格)の5〜8割程度まで評価額が下がります。 さらに、これを他人に貸し出す(貸付用不動産にする)ことで、「貸家建付地」や「貸家」としての評価減が適用され、最終的な相続税評価額を購入価格の3〜6割程度まで圧縮することが可能でした。この「市場価値と相続税評価額のギャップ」を利用したのが、不動産を使った節税の基本メカニズムです。
この仕組みを利用し、相続発生の直前(高齢になってから)に多額の借金をしてアパートを建築・購入する「駆け込み節税」が横行しました。これに対し、国税庁は「著しく公平性を欠く」として、伝家の宝刀と呼ばれる『財産評価基本通達総則6項(例外的な評価)』を用いて否認するケースが増加。最高裁でも国側が勝訴するなど、課税当局の強硬な姿勢が鮮明になっていました。
そして、この流れを決定づけたのが、「取得から一定期間(5年以内など)の貸付用不動産」に対する評価ルールの厳格化です。 新たなルール下では、相続開始前5年以内に取得した貸付用不動産について、従来の路線価等による大幅な評価減を認めず、実際の取引価格に近い評価額(取得価額ベースの80%など)で相続税評価を行うよう見直しが進められています。つまり、「亡くなる直前に不動産を買って、一気に評価額を下げる」という短絡的な手法は、税務上ほぼ無意味(あるいはハイリスク)なものへと封じ込められたのです。
今回の規制強化によって、通常の不動産投資以上に深刻な打撃を受けると見られているのが「不動産小口化商品」です。
不動産小口化商品とは、都心の一等地に建つ数十億円規模の優良オフィスビルや賃貸タワーマンションなどを、1口1,000万円程度に小口分割し、複数の投資家で共有する仕組みの商品(不動産特定共同事業法に基づく商品など)です。
これまでは「少額から都心の一等地に投資でき、なおかつ実物不動産と同じように相続税評価額が約2割〜3割に圧縮される」という触れ込みで、富裕層の相続税対策として飛ぶように売れていました。
しかし、今後の税務対応において、この小口化商品には極めて厳しいメスが入ります。前述した通常の貸付用不動産であれば「取得から5年」を無事に経過すれば、従来通りの路線価等による評価減が認められる道が残されています。ところが、不動産小口化商品の場合は、この「取得後5年以内」という期間制限すら設けられていません。
すなわち、購入から何年経過していようが長期保有していようが、実物の貸付用不動産としての評価減が否認され、出資額(取得原価)ベースでの厳格な評価を求められるリスクが極めて高くなっているのです。税務当局から見れば、実体を伴う不動産事業というよりも「節税目的の金融商品」としての側面が強いとみなされやすいためです。
これにより、節税メリットのみを前面に押し出して販売されてきた小口化商品は、その魅力の根幹を失うという死活問題に直面しています。これから購入を検討している方はもちろんのこと、すでに過去に購入して「長期間持っているから安心だ」と考えている所有者にとっても、相続発生時の評価額が跳ね上がるリスクを抱えることになります。
これらの規制強化から読み取るべき課税当局のメッセージは明確です。それは「相続直前のあからさまな租税回避行為は許さない」という強い意志です。
では、今後はどのような対策が求められるのでしょうか。 第一に、「早期からの長期的な対策」への転換です。不動産の評価減の恩恵を安全に受けるためには、相続直前ではなく、元気なうちから計画的に不動産を取得・運用し、事業としての実態を伴わせることが不可欠です(取得から5年を超える長期保有であれば、従来通りの評価が適用される可能性が高いためです)。
第二に、「節税ありき」ではなく「収益性・事業性」を重視した投資です。過度な評価減が狙えなくなった以上、不動産投資本来の目的である「安定した利回り(キャッシュフロー)」を生み出す優良物件を見極める目が、より一層求められます。
まとめ:資産税対策は新時代へ
貸付用不動産や小口化商品を使った「節税封じ」は、富裕層の資産防衛において一つの時代の終わりを意味しています。しかし、不動産が有力な資産形成ツールであることに変わりはありません。 今後は、生前贈与の計画的な活用(暦年贈与や相続時精算課税の組み合わせ)や、生命保険の非課税枠の活用、そして事業実態を伴う長期的な不動産運用など、複数の手法を組み合わせた総合的なオーダメイドの対策が必要です。 税制は生き物です。過去の「当たり前」にとらわれず、最新の税制に精通した税理士等の専門家とタッグを組み、早め早めの点検を行うことが、大切な資産を次世代へ残すための最大の防御となるでしょう。
理事長 石井 孝雄