
日本の中小企業で経営者の高齢化が進み、後継者不足を背景に休廃業・解散が増えてきた。こうしたなか、M&Aは事業承継の手段にとどまらず、人手不足への対応や生産性向上、企業の事業ポートフォリオ改革にも活用されるようになっている。M&A支援機関協会は9月30日に東京都内で第4回メディア向け勉強会を開き、国内M&A市場の構造変化や業界健全化に向けた取り組みなどについて説明した。
M&Aは事業承継から産業再編へ
M&A支援機関協会の三宅卓代表理事(日本M&Aセンター会長)は「2024年の中小企業の倒産が約1万件であるのに対し、休廃業・解散は過去最多の約6万9000件に上った」と、事業承継問題の深刻さを指摘した。
事業承継の方法は親族承継、従業員承継、M&Aによる第三者承継の三つがあるが、「M&Aは後継者がいない企業を中堅企業などのグループに組み入れ、事業を存続させる手段として存在感を増している」(三宅代表理事)という。
一方で、三宅代表理事は今後20年間で生産年齢人口が約1500万人減少するとの見通しを踏まえ、「企業を集約することで設備投資やAI(人工知能)の活用を進め、少ない人員でも事業を維持できる体制をつくることも、M&Aの役割として注目されている」と指摘した。
三宅代表理事は「会社を残すための事業承継」だけでなく、「生産性を高めるための産業再編」という側面が強まると見ている。
とりわけ、地方企業では人材の確保が難しくなり、円安によって建材や部品、材料、燃料などの輸入コストが上昇しても、十分な価格転嫁ができず、中堅・中小企業の利益は圧迫されている。
こうした環境変化を背景に、「従来は会社売却に関心が低かった若い世代の経営者によるM&Aも増えている」(三宅代表理事)という。
M&A仲介業界の健全化
M&A市場が拡大する一方、仲介会社やFAなどの支援機関も急増した。三宅代表理事は急速な市場拡大に伴い、営業手法やサービス品質などをめぐる問題も顕在化していることから、同協会はM&Aの「促進」と同時に「ルール化」に取り組んでいる。
自主規制ルールの策定や特定事業者リストの運用、研修、サンプル契約の公開、苦情相談窓口などを進めている。
不適切な買い手などの情報を会員間で共有する特定事業者リストは、利用企業が133社に達し、大手金融機関や事業承継・引継ぎ支援センターも利用している。現在は一定の要件を満たした事業者の自動登録も行われており、中小企業庁にも運用状況を報告しているという。
三宅代表理事は、こうした仕組みが「不適切な買い手」に加え、未熟な事業者や資金力に乏しい事業者との取引を抑止する効果も持つと話す。
同協会は2026年12月10日、地方創生や技術の承継などに貢献したM&Aを表彰する第1回「M&Aアワード」を開催する。業界全体でM&Aの社会的意義を高める機運につなげる。
政策・税制がM&Aに与える影響
政策・税制もM&A市場を左右する重要な要素となる。2026年5月に施行された企業価値担保権について、荒井邦彦理事(ストライクグループ社長)は、「従来の不動産担保や個人保証に過度に依存せず、企業の収益性やブランドなど企業そのものの価値に着目した融資を後押しする制度だ」と説明した。
企業価値を基盤とした融資が広がれば、「不動産を十分に保有していない企業でも、事業の収益力を裏付けとして資金を調達しやすくなる」(荒井理事)。M&Aにおいても、買収資金の調達手段の幅が広がることが期待される。
一方、2028年1月からの適用を念頭に検討されている非上場株式の評価方法の見直しについては、評価額が上昇すれば相続税負担が増える。納税資金の確保を目的としたM&Aへの影響も注目される。
これについて荒井理事は「短期的にはM&Aの駆け込み需要が発生するかもしれないが、長期的には日本の非上場優良企業の所有者が海外ファンドになることも含めて考える必要がある。事業承継税制についても議論が進んでおり、非上場株式の評価方法だけでなく、事業承継税制の行方と合わせて見る必要がある」と述べた。
富裕層課税の動向もM&A市場を左右する要因になりそうだ。中村悟理事(M&Aキャピタルパートナーズ社長)は「来年の富裕層課税の引き上げをにらんで、年内のクロージングを目指す案件が増えており、M&A各社が多忙になっている」とみる。
さらに「2028年以降に相続税の引き上げが実施された場合には『M&Aをしないと、そもそも相続税の原資がない』という状況に陥るケースも想定される」と指摘。相続税負担の増加が、企業売却を促す要因にもなりうるとの見方を示した。
再発した「経営者保証問題」
日本M&Aセンターが仲介した案件で、M&A成約後も売り手経営者の連帯保証が解除されていなかった問題についても質問があった。同社トップの三宅代表理事は「法務チェックを経た契約書では連帯保証を解除することを義務としていたにもかかわらず、現場の担当者がこれを努力義務として扱っていた」と明かす。
さらに、成約後に同社が実施している保証解除の確認に際し、担当者が売り手経営者に対して「連帯保証は外れた」と回答するよう促していたことも明らかにした。
三宅代表理事はこうした行為について「絶対にやってはならないこと」としたうえで、「売り手に虚偽の申告を促すことで同協会の特定事業者リストの実効性や制度そのものの信頼性を損なう問題だとして、重く受け止めている」と答えている。
同社はトラブルに関わった元社員を7月に解雇し、上長についても処分した。
文:糸永正行編集委員