遺言書を作成しておくことは大変重要です。なぜならば、基本的に遺言者の希望に沿った財産分けができますし、相続手続においても遺言書がない場合と比べ格段に楽なためです。今号では、遺言書に関係した事例をいくつかご案内します。
サプライズではなく遺言書
老後の面倒を親身になって見てくれた息子のお嫁さんは相続人ではありません。A夫さんは、お嫁さん(B子さん)への感謝の気持ちとしてB子さん名義の口座を開設し、定期預金を作っておきました。「これで、俺が死んでしまってもB子さんが何も受取れないということはないな。相続財産も少し減って相続税対策にもなるから息子達もきっと喜んで、皆が嬉しいサプライズになるだろう。」
もうおわかりですね。A夫さんが良かれと思ってB子さん名義の預金を作っておいても、双方に『授受』の意思がなければ『贈与』とは認められず、いわゆる名義預金(相続財産=遺産分割の対象)になってしまいます。つまり、相続人間の遺産分割協議でB子さん名義の預金は他の相続人が受取ることになってしまうということです。皆に良かれと思って考えたサプライズは通用しないのです。この場合、A夫さんがB子さんに生前贈与を行うか遺言書を作成しておけば、B子さんに財産を渡すことができます。
『贈与契約書を作ったり、公証役場に行ったりするのは抵抗があるのだけれど…』という方は、自筆でも良いので、遺言書を作成しておきましょう。なお、自筆遺言証書には有効となるための要件がありますので、ご注意ください。
更にB子さんと養子縁組を行っておけば、B子さんはA夫さんの相続人になり、相続税の基礎控除額が1名分上がる(他に養子縁組を行っている親族等がいない場合)というメリットもあります。
財産も変わります
ところで、遺言書を一度作成してしまえばずっと安心かというと、必ずしもそうではありません。
C介さんには二人兄弟の弟(D太さん)がいますが、D太さんは大学を卒業してすぐ海外放浪の旅に出た後時々帰国するのですが、定職に就かず、旅費をためるとまた旅立って行きます。両親やC介さんは、D太さんが援助を求めるわけではないので自由にさせていますが、自分が亡くなった時のことを心配したお父さんが、自筆遺言書を作成しました。
『自宅の土地○○と建物◎◎はC介に、□□銀行◇◇支店№△△の預金は、D太に▽▽円を渡した残りをC介に相続させる。その他記載の無い財産債務があった場合には、妻E代に相続させる。』
十数年後お父さんが亡くなり、遺言書検認後、相続手続を行おうとしたC介さんはびっくり!自宅は遺言書作成時とは異なる、建替え後の新しい家屋です。また、□□銀行は他行と統合され、支店や口座番号は以前のものと全く異なっています。さらに、遺言書に記載されていない定期預金があり、それを相続するはずのE代さんもお父さんが亡くなる少し前に亡くなっていたため、C介さんは途方に暮れてしまいました。
この場合、将来の建替えや金融機関の統廃合を念頭に、ひと言加えておくことや、指定された相続人が亡くなっていた場合の受取人を指定した遺言書を作成しておけば安心でした。また、財産債務について相続させる人を指定しておくことも重要ですが、指定された人が亡くなっていた場合は、その部分の遺言が無効になってしまい、遺産分割協議の対象となるのでご注意ください。
遺言書を作成した後、実際に相続が起こるまで遺言者の財産や相続関係が多少なりとも変わることは珍しくありません。相続人間のバランスを考えて遺言書を作成しておいても、相続発生時までに変化があれば当初の予定は崩れてしまいます。
定期的な見直しについて
遺言書は作成するだけでなく、相続人や財産の変化に応じて見直しが必要です。定期的な遺言書の見直しや相続税試算についてご検討されてはいかがでしょうか。 (文責:久保 祐子)